73回目の8月15日がまたやって参りました。
 こうやって千鳥ヶ淵に眠る、名前を奪われ、個人の歴史や故郷まで奪われた皆さんは、今日の日本が多くの犠牲の上に戦後手にした憲法の下、「平和な世界を築くために日々努力すること」を誓った姿とはどんどん遠ざかっていることを案じ憂えておられるやもしれません。
 今という時代を、再び戦争という禍が起こされるかもしれない、そんな危機感を持って過ごしておられる方々は、日本の国内にも海外にも決して少なくはありません。あの大戦を経験され、老いや病の身を静かに横たえる日本のご高齢者も、ヨーロッパ各地でも、また日本の侵略の傷跡が残るアジアの国々でも、再び歴史の歯車が狂い始め、愚かな核戦争すら起こしかねない指導者や国家、或いはテロと呼ばれる勢力のあることを感じています。またそうした不穏な情勢とともに、世界の各地で移民への排外主義やヘイトスピーチが公然と行われるようになり、歴史に学ぶ機会を持たなかった若者はそこへ吸い寄せられていきます。
 今、最も大切なことは「歴史に学ぶ」ことを築きなおすことではないかと思えます。そうでなければ、あの5000万人とも8000万人とも言われる犠牲者を出した第二次世界大戦を最後の世界戦争として、また広島に続く長崎への原爆投下による犠牲者を最後の被爆者とすることは出来ないと思います。
 果して日本では戦争に向かう歴史はどう語り継がれ、記録されているのか、歴史をドキュメントとして残すことに傾注されている作家の保阪正康さんの言葉に「記憶を母とし、記録を父とする」というのがありますが、まさに母なる記憶はそれを経験した方々の生命とともに失われ、大切な記録、公文書は敗戦を前に当時の内務省令によって焼却・廃棄されました。この国会で森・加計問題として取り上げられた公文書の改ざん、隠蔽、廃棄は権力を持つものにとって不都合な真実をそうやって消し去ってきた事実とぴったり重なります。公文書が国民の歴史であることは戦前も戦後も国民を主権者とする立憲主義の立場からも当然のことであり、主権在民を掲げた戦後の憲法下にあっては尚更です。
 私ども立憲フォーラムは主権者国民による政治を第一に、安易な憲法改正ルールの変更にも、また主権者国民の歴史を消す公文書改ざんにも全力で闘い、また安倍総理による憲法改悪に闘い抜いていく覚悟です。
 8月8日沖縄県知事として辺野古への新たな基地建設に全身全霊をかけて闘ってこられた翁長知事がご逝去されました。沖縄戦で県民の三人に一人を失った歴史に、平和を希求する沖縄の心はひとつ、そう言い続けた翁長知事に学び、ともに心をひとつに戦後73年を新たな大戦の序章とさせないためにも闘ってまいります。
 本日の慰霊の日にあたって、その決意をお伝えするとともにここに眠る御霊の安らかなることを心から祈ります。

 

 72年前の今日8月15日は、長きにわたった戦争と軍国主義の時代に日本が終止符を打った日である。日本政府は連合国が7月26日の発表した「ポツダム宣言」―日本への降伏勧告文書―受諾を14日に決定、15日正午に日本本土、日本が占領していたアジアの地にいわゆる「玉音放送」としてそれを知らせた。
 満州事変以降15年間の戦争によって日本は315万人の戦死者を生み、近隣のアジア諸国には2千万人もの死者をもたらしたのである。私たちはこの膨大な犠牲者に深く思いをはせ、追悼するとともに、このような侵略と抑圧・支配、大量殺戮を人類の歴史に再び生起させないことを誓いたい。

 

 安倍首相は今年の5月3日の憲法記念日に「2020年には改憲を施行したい」という考えを明らかにし、秋の臨時国会で改憲案をまとめるという工程を提示してきた。憲法9条に自衛隊(集団的自衛権を行使する自衛隊)を書き込むことによって、憲法の恒久平和主義を根底からくつがえし、戦争をできる国へと日本を変えようとするものだ。第二次安倍政権発足以降、特定秘密保護法、集団的自衛権容認の閣議決定、安保法制、「共謀罪」と積み重ねてきた戦争国家体制の総仕上げを目論んだものである。憲法を改悪して「もう一回、世界にけんかを売ろう」というのである。加えて森友・加計疑惑やPKO日報など官僚による公文書隠し、証拠隠滅は行政の検証を妨げ、歴史をゆがめる事態を生んでいる。

 

 第二次大戦後、敗戦国日本、ドイツは過ちを克服しようとしているその姿を世界にアピールし続けた。シュミット西独元首相は1994年に「半世紀は長い。だが、ドイツ人が絶対に再び過ちを犯さなくなるには、十分に長くなかったということだ」とOBサミット(世界約20カ国の元大統領・首相で構成)で語った。
 フランスと共にEUの基となる友好関係を築き、数多くの戦争犯罪のモニュメントを設け、戦争の記憶が風化しないようにしてきたドイツのリーダーにして、この言葉である。
 戦争責任を回避し、戦前回帰を隠さない安倍首相に「日本が絶対に再び過ちを犯さなくなる」いわば担保としての現憲法を改悪させてはならない。「ポツダム宣言」では日本の占領は「平和的傾向を有しかつ責任ある政府が樹立」されるときに終る、としていた。戦後72年の8月15日のこの日、戦後の出発となった「ポツダム宣言」と、その最大の果実である「日本国憲法」を熟読しよう。
 そして戦後社会の基礎である立憲主義と平和主義、一人ひとりの個人の尊重を侵させず、より豊かにする決意を新たにしたい。

 

 7月1日、2014年7月1日の閣議決定(以下、「7・1閣議決定」という。)から3年目を迎える。長年にわたって定着し確立してきた憲法解釈を一内閣の閣議決定で変更し、集団的自衛権の行使を可能としようとする安倍政権の暴挙に、あらためて満身の抗議を表明する。
 そもそも、「7・1閣議決定」による憲法解釈の変更は、1972年の集団的自衛権に関する政府見解の文言を恣意的に読み替えたもので、何の法的な根拠もない単なる不正行為によるものだ。自衛権の発動要件を説明するための「外国の武力攻撃」という文言から「我が国に対する」という限定が省かれていた部分があることを根拠に、「同盟国に対する」外国の武力攻撃も当初から想定されていたというのである。起案の経緯や文脈を曲解した牽強付会の詭弁にほかならない。こうした法理が「昭和47年(1972年)政府見解」の中に無かったことは当時の起案者や決裁者からも明確に否定されている。
 さらに安倍政権は、7・1閣議決定を踏まえて2015年9月19日には安保法制(戦争法)を成立させ、運用を開始している。南スーダンPKOでの駆け付け警護任務、米軍防護任務など、いつ戦争に巻き込まれてもおかしくない状況がすでに既成事実化している。これらは全て憲法9条に違反する行為である。
 こうしたなかで安倍総理は、「憲法に自衛隊を明記する改憲」を提起し、「臨時国会の間に憲法審査会に自民党の改憲案を提出する」決意を示した。しかし自衛隊を明記する改憲は、単に自衛隊の存在を追認するものではなく、違憲の集団的自衛権を行使する自衛隊を正当化し、なし崩し的に安保法制を合憲化するものである。
 安倍総理の改憲案は、内閣法制局長官人事の慣例を破って自分の意向に従う人物を任命し、過去の政府見解を恣意的に読みかえ、ねつ造の論理のうえで安保法制(戦争法)の立法を強行し、海外での武力行使を可能とした「壊憲クーデター」を、「憲法9条の従来の解釈は維持されている」などと再び国民を欺いて国民投票で追認させようとするものであり、まさに立憲主義に反する究極の暴挙である。このような改憲案を提起する安倍総理の行為自体、憲法98条等に違反し無効といわざるを得ないものだ。
 解釈変更・安保法制で既に空文化の危機にある憲法9条と前文の平和主義は、自衛隊明記の改憲により死文化することになる。集団的自衛権行使の野放図な解禁がなされ、海外派兵をする国に変貌することになりかねない。戦後培ってきた平和国家は、最大の危機に直面している。
 7・1閣議決定によって破壊されようとする立憲主義と平和主義の危機に際し、安倍政権下での改憲を阻止し、安倍政権を打倒し、7・1閣議決定と安保法制を廃止するために全力を尽くすことをあらためてここに声明する。

 

 自公などは15日朝、参議院本会議で共謀罪法案の採決を強行した。警察権力を肥大化し、個人の内面にまで踏み込み自由を規制するこの法案は、憲法違反の疑いが強く、市民社会の個人の自由と立憲主義を根元から崩しかねない悪法である。しかも、参議院法務委員会での採決を行わないなど、かつてない強引かつ国会の役割を放棄するが如き運営を行った。私たち立憲フォーラムはこの暴挙に強く抗議するとともに、このような安倍政権を一日も早く退陣に追い込む決意を明らかにする。

 

 共謀罪の国会での審議には金田法相に替わって刑事局長が主に答弁に立ったが、その答弁は二転三転し、一般人は捜査の対象となるのかどうか、そもそも法案をつくる目的はなにか、といった根本的な疑問、国民の不安を払拭できず、日がたつにつれて不信感は強まる一方であった。5月には国連のプライバシー権に関する特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏が「成立すればプライバシーや表現の自由を制約する恐れがある」と懸念を示す書簡を安倍首相に送ってもいた。

 

 他方、加計学園での安倍首相の関与、森友学園疑惑など、安倍首相が「腹心の友」と自ら呼ぶ友人や知人に利益供与し、行政を著しく歪めてきた問題の解明が政治への信頼回復に不可欠であった。しかし、政府は関係行政文書を廃棄・隠蔽し、それらを告発する官僚を処分するという脅かしまで行ってきた。このような権力疑惑の解明を恐れ、疑惑から遁走し、国民の目から逸らそうとしたのが、今日の暴挙と国会の延長を拒んだ背景である。このごまかしを私たちは許さない。国会延長閉会中審査を含め、加計疑惑解明の手を緩めることはない。

 

 今日15日の『朝日』声欄に作家の赤川次郎さんは「共謀罪」再び日本孤立の道か、という内容の投稿をしていた。

――法案に賛成の議員は、自分が後の世代に災いをもたらそうとしていることを自覚しているのか。目先の目的(注:オリンピック開催)のために憲法を投げ捨てて恥じない安倍政治は、日本を再び世界から孤立させるだろう。

 安倍さん、あなたが「改憲」を口にするのは100年早い。――

 

 私たち国会議員は「後の世代に災い」をもたらすことなく、「日本を再び世界から孤立させる」ことのない判断、活動を行っていく。安倍首相の唱える2020年改憲を阻止するために全力で立ち向かう。

 

 今日、私たちは日本国憲法施行70年を迎えました。日本国憲法のもとにあって、一発の弾丸も撃たず、一人の戦死者も出さなかった歳月です。この70年間は一つの国をも侵略せず、戦争をすることなく、世界で最も平和で安定した国家を築き、日本として世界に誇るべき時代を日本国憲法と共に歩んできた日々なのです。

 

 しかし、安倍総理は、先般の施政方針演説で、「次の70年を見据えて憲法を改正して、新しい未来を作ろう」と言っています。安倍総理の考える理想の未来は、戦後70年を捨て去り、戦前の日本に戻るが如くです。

 

 戦前の70年間は、中国や東南アジアなど15回の海外への軍事出兵、日清、日露、第一次世界戦争、日中、そして太平洋戦争と5回の戦争が行われたのです。戦争を遂行するために、教育勅語をベースに「国家のためにいつでも死ぬこと」のできる人材を育成する教育を行い、戦争に反対する人には、治安維持法の下で弾圧した時代だったのです。

 

 安倍政権は教育基本法を改悪し、国家安全保障会議を設け、特定秘密保護法を制定し、そしていま「共謀罪」を強行しようとし、盗聴や密告を奨励しているのです。また、集団的自衛権の行使をはじめ、海外への自衛隊の進出を進めようとしているのです。

 

 戦後日本は、日本国憲法第9条の下で海外の紛争に軍事介入しない、他国の戦争に参加しないことを原則に平和国家として世界に貢献してきました。世界に誇れる日本国憲法第9条です。今こそ、日本国憲法第9条の平和主義が世界の目標とならなければいけません。

 

 また、日本国憲法はこの70年間、私たち生活の中に深く定着してきており、憲法が私たちの生活の障害になったことは、全くありません。

 私たちは、憲法と平和を守ることこそ、将来にわたって日本が進んでいく道であると確信いたします。

 

 戦後71年の終戦記念日を私たちは戦後初めての環境で迎えることになりました。7月10日の参議院選挙によって憲法改正に前のめる政党に所属する議員が参院の3分の2を超す、というかってない政治状況が生じたからです。既に3分の2を超している衆議院と合わせて、憲法96条にある憲法改正の発議を行うことが可能となったのです。

 

 参院選挙に勝利した安倍首相は自民党本部で「(改憲は)わが党の案をベースにしながら、3分の2を構築していく、それがまさに政治の技術と言ってもいいだろう」と言い放ちました。わが党の案とは2012年4月に発表された「日本国憲法改正草案」を指します。私たちはこの自民党改憲案を一言でいえば「個人の尊重を第一とはしない社会」であり、「近代国家をやめます」という宣言に等しいものだと批判してきました。『日本経済新聞』が7月23日一面コラム「春秋」で「野党時代につくった草案だけにいきおい保守的になったらしいが、冷静な改革論議のためには棚にでも上げて置くほうがいい。……およそ憲法の言うことではない」と指摘したレヴェルでしかありません。

 

 9月の臨時国会から衆参の憲法審査会で議論がスタートします。

 その際、立憲主義をないがしろにした復古的な自民党改憲案がベースになるかどうかは不明です。安倍首相は憲法に穴をあけるために様ざまな「政治の技術」を使ってくるでしょう。曰く「緊急事態条項」、曰く「憲法裁判所」、曰く「地方分権」、曰く「財政規律」、曰く「環境権」など「お試し改憲」のために国民の反発の少ないテーマを選び、最終的な目的である「9条改憲」への道筋を整備して行こうとするはずです。象徴としての天皇を重んじ引き継ぐための生前退位、という現天皇のお気持ちすら蔑ろにするやもしれません。

 

 私たちは、数の多数で改憲すら手の内にした安倍政権に対し、1945年8月15日の敗戦を機に戦後社会が育んできた自由、人権、民主主義、立憲主義、そして平和への強い思いと結びついた普遍的価値によって対抗します。

 昨年亡くなった児童文学者の松谷みよ子さんは「ひとりが、ひと足よこへずらす。ほんのひと足と思う。私だけと思う。それが戦争への道を開かせる」と書きました。「ひと足」の妥協をして戦争をする国にしてはならないと昨年来国会前や全国で立ち上がった人びとからの叱咤と激励を受けるなか、選挙での野党統一候補という新しい共闘と連帯の形をつくりました。

国会での憲法論議はこうした私たちが築いてきた市民、各層の人びとの思いを支えにしたものでなければなりません。信頼関係をさらに大きくするなか、普遍的価値に基づいた憲法論議を堂々と行う決意をここに明らかにして、戦後71年目となる終戦の日の声明とします。

 安倍政権は今日3月29日、安全保障関連法(戦争法)を施行させた。
昨年9月19日未明、国会内外の大きな反対の声を無視して安保関連法(戦争法)の採決を強行した安倍政権は、昨秋、野党5党が憲法53条によって要求した臨時国会を開かなかった。今国会では2月19日に野党5党(当時)が共同して提出した「安保廃止法」の審議を行わないばかりか、「安保関連法こそがベストだ」とし、国民に約束した「安保法の誠実で丁寧な説明」を一切しないまま、施行することに、超党派の議連である立憲フォーラムは強く抗議する。
また、安倍政権は南スーダンPKOへの『駆け付け警護』任務付与など安保法の本格運用を姑息にも参院選後に先送りするが、このような争点隠しを許さない国会内外の取り組みを一段と強める。

 

 昨夏、「集団的自衛権を行使する安保関連法は憲法違反」と憲法学者や元最高裁判事、元内閣法制局長官らが声をあげ、高校生・大学生、ママ、シニアなど国民の広範な人びとが「日本を戦争する国にさせない」と立ち上り、歴史的な盛り上がりを見せた。いま、この運動に参加した人びとの熱は冷めないどころかさらに高まり、選挙での野党勝利を求める大きな流れとなっている。「安倍政権の暴走を止めろ。そのために野党は共闘」を求める広範な声である。

 

 野党も動いた。2月19日の野党5党党首会談で、(1)安保法制の廃止と集団的自衛権行使容認の閣議決定撤回を共通の目標とする、(2)安倍政権の打倒を目指す、(3)国政選挙で現与党およびその補完勢力を少数に追い込む、(4)国会における対応や国政選挙などあらゆる場面でできる限りの協力を行う――という4項目を確認したのである。
 「アベ政治を終らせる」ために市民と野党がタッグを組むという全く新しい局面が全国で生まれている。この力を選挙へまとめあげることが私たちに課せられた仕事である。立憲フォーラムは市民と野党の連携による相乗作用をできるだけ大きなパワーとするために働く。4月24日に行われる北海道5区と京都3区の衆議院補欠選挙、7月の参議院選挙(同日選挙も視野に)で勝利し、安保関連法の廃止を実現するために全力を注ぐ。
 

 自民党と公明党などは本日19日未明、参議院本会議で国民と野党の強い反対を押し切って安全保障関連法案を強行採決した。私たち「立憲フォーラム」は、満腔の怒りを持って主権在民を否定せんとする暴挙に抗議する。1931年9月18日、日本軍部は柳条湖の満鉄線を爆破、1945年8月15日の敗戦に至る負の歴史は84年前のこの日の満州事変から始まったのである。ほぼ同じ日に安倍政権は「戦争をする国」へ移行する違憲法案を成立させた。歴史を恐れない安倍政権に戦慄を覚える。

 

 私たちは5月14日から毎週木曜夕、「戦争法案」を葬ろう、との集会を開催してきた。この安保関連法案は戦後70年の非戦国家日本をたかだか一内閣の判断で海外への派兵を可能にする国にする「戦争法案」そのものだからである。

 200時間を超す衆参での審議で一体何が明らかになったか。

 この法案が国民の安全に資するどころか、国内外でのテロや戦闘の拡大や自衛隊員のリスクの増大をもたらすこと、「他国防衛のために戦争に参加する」集団的自衛権は憲法違反であり、政府があげた昭和47年の政府見解や砂川判決は根拠にならないこと、安倍首相が法案の必要な事例として挙げたホルムズ湾の機雷掃海や邦人救護のための米艦防護などは総理自ら否定するに至り、法律の必要性の根拠たる「立法事実」がそもそもないことがはっきりしたからである。

 

 戦後70年続けた非戦国家を「軍事力を行使する」国家へと大転換するこの法案は、論理も根拠もボロボロとなった。それを強行採決するなど言語道断である。国民の不安や反対を切り捨てた「戦争法案」の採決が、私たちの社会の根本的な規範である憲法をないがしろにし、法的安定性を欠いたものになってしまうことを私たちは怖れる。また、権力によるメディアに対する圧力や国会包囲集会などへの威嚇といった「表現の自由」の軽視・敵視についても民主主義を脅かすものとして大いなる危惧を抱く。

 

 他方、法案阻止のために声明、集会、デモ、意見広告など様ざまな形で声を上げた多くの人びとがいる。元最高裁長官・判事、元内閣法制局長官、圧倒的多数の憲法学者や弁護士、140近い大学有志、医療・介護・福祉関係者、宗教者、国際的NPO、高校生、SEALDsに代表される若者、元自衛官、地方自治体議員、映画等の表現者、若い父親や母親たち、そして普通の市民が声をあげた。私たちはこうした動きに、私たちの社会の新しい可能性を見、勇気づけられる。

 「不断の努力なくして、この国の憲法や民主主義、それらが機能しないことを自覚している」(中央公聴会での奥田愛基さん)。私たち国会議員は新しいデモクラシーをつくろうとするこうした声、動きしっかりと受けとめ、「戦争法案」を無力化し、安倍政治を終わらせるために全力をあげることを表明する。

 

 戦後70年の終戦記念日を私たちは複雑な思いで迎えています。

 ひとつは、いま国会で論議されている安全保障関連法によって、従来日本政府が「憲法違反」としてきた集団的自衛権を行使しようとしていること。その手法は法律で憲法を変えるという、立憲主義の破壊であること。いま安倍政権は満州事変以降の長きにわたる戦争の結果、私たちが手にした平和だけでなく、立憲主義や民主主義までも「存立危機事態」に立ち至らせていることです。

 

 もうひとつは、安倍政権が進めていることが「日本というくにのかたち」を根本から揺るがせ、壊してしまうということへの人びとの批判、抵抗が、広がりをみせていること。集会やデモだけでなく、様ざまな意見表明が高校生・大学生から80代のシニアまで幅広い年齢で行われ、学者や宗教者、法曹関係者は勿論のこと、元自衛官や与党公明党の支持母体である創価学会員まで、社会の多重的な人びとが声をあげていることです。

 平和と民主主義をめぐって、かってない根本的な問い直しが一人ひとりの市民の中から生まれ、安倍政権とせめぎあっています。これが戦後70年の8月15日を迎えたわたしたちの新しい地平です。

 

 ながい間、日本の政治は「ねじれている」と言われてきました。確かに「ねじれ」ているのです。しかし、それは衆参のねじれのレヴェルではなく、国民と国会、国民と政権のねじれとして存在しているのです。

 ますます拡大する格差と「世界一企業が活動しやすい国」、脱原発を求める多数の国民と川内原発の再稼動強行、辺野古への基地移設反対と沖縄無視と差別、安全な食と皆保険制度の維持を求める声とTPP、表現の自由とマスコミへの威圧、戦前日本が行った侵略への反省と歴史歪曲、そして「殺し、殺さない」戦後の歴史とそれを踏みにじる「戦争法案」。

 

 私たち、国会に議席を持つものはこの国民とのねじれを解消することに、全力をあげなければなりません。そして、偏った教科書で教えられることがなく、自由にものが言え、デモに参加でき、徴兵制や原発事故、国内テロの不安に怯えることなく、自衛隊員の基本的人権が守られ、近隣諸国との議員間交流や民間文化交流など幅広い外交を通じた和解と協調を進める、なによりも社会の深部まで民主主義が活かされ、立憲主義に基づいた政府をつくることです。

 戦後70年の終戦の日にあたって、私たち立憲フォーラムはいま社会に生まれ育っている「民主主義を!」「平和を!」の声に応える決意を明らかにします。

 本日、衆議院安保特別委員会で与党は野党の強い反対の中、安保関連法案を強行採決をした。審議を重ねれば重ねるほどに国民の不信感が増大し、安倍首相自ら「国民の理解が十分ではない」ことを認めたにもかかわらず、戦後の安全保障政策を一転させる重要法案を、国民の声を無視し、非民主主義的な手法で採決したことに対し、私たち立憲フォーラムは怒りを持って糾弾する。

 

 一昨年4月、私たちは安倍政権が憲法というものの存在と機能についてそもそも理解をしておらず、改憲のために憲法96条の先行改定などという禁じ手を使おうとすることに対する危機感から「立憲フォーラム」をつくり、立憲主義にのっとった政治を行うよう求める活動を続けてきた。

 しかし、安倍政権は昨年7月1日「集団的自衛権も含む武力行使の新三要件」の閣議決定を行った。これは戦後一貫して保守政権が積み重ねてきた「集団的自衛権は憲法違反」との判断を唐突に180度転換するものであった。その閣議決定を具体化するために今回の法案を国会に提出してきたが、新法1本と10本の関連法改正を1本にまとめるという乱暴極まる方法であった。

 

 これは、法律によって憲法を変えてしまうという許されない方法であり、憲法は為政者を縛るものであるという立憲主義を公然と踏みにじるものであった。大多数の憲法学者や元内閣法制局長官が「この法案は憲法に違反する」と判断をしたのは当然であり、専門家の枠をこえた1万人の学者や元自衛官、大学生などが反対を表明するなど「憲法違反の安保法制」との認識は国民各層に着実に広がっている。400近い地方議会が「安保法制反対」「慎重審議」を求める決議を上げ、各種世論調査では「法案反対」と共に「政府の説明が不十分」で「今国会で成立させる必要はない」という意見が圧倒的である。

 

 それにも関わらず、与党は今日の暴挙でこれらの声に応えたのである。

 参議院の審議では、「集団的自衛権行使の明確な基準がなく、時の内閣に武力行使を白紙委任することになる」など、この間明らかになった問題点を徹底追及する。同時に全国から澎湃(ほうはい)として巻き起こっている「憲法違反の戦争法案を葬ろう」という声に共鳴し、野党協力を一層密にして活動する。

立憲フォーラムはその役割をしっかり担い、「殺さない、殺させない」という平和主義を貫いてきた戦後日本を守り抜く。

 

 戦後70年という節目の年の憲法記念日をこのような怒りと口惜しさの中で迎えることを、私たちは大変残念に思う。

 訪米していた安倍首相は4月29日、「いつでもどこへでも自衛隊を送りだし、戦争をできる国に日本を変える」ための安全保障法制を「この夏までに、成就させる」と米議会両院合同会議で演説し、対米公約とした。

 戦後70年の専守防衛・非戦国家から他国防衛・戦争国家へ、憲法を踏みにじる歴史的大転換を目論む安全保障法制は自民・公明の与党間で実質合意しただけであり、法案の閣議決定すらなされていない。にもかかわらず、あらかじめ期限を切ってアメリカに成立を約束することは、主権者たる国民と国権の最高機関たる国会を無視し、憲法に従って統治される「立憲主義」を踏みにじるもので到底認めがたい。

 

 安倍政権の手法は徹頭徹尾、憲法を、立憲主義をないがしろにし、民主主義を踏み外している。昨年7月の「集団的自衛権行使容認」の閣議決定然り。自衛隊を「わが軍」と呼んではばからない言動然り。4月27日に1997年以来の改定となった日米ガイドライン(防衛協力指針)で、従来の「日本有事」と「日本周辺」に限定されていた制約を外し、「地球規模での日米協力」という日米合作の「戦争計画」に踏み出したこと然り。

 加えて集団的自衛権行使を「積極的平和主義」、他国軍支援を「国際平和支援法」などとソフトで口当たりの良い表現によって本質を覆い隠す卑劣な手法。また、危険性を指摘する声を「戦争に巻き込まれる」というレッテルばりでしかない、と批判し封じ込めようとする強圧的な態度などなど。

 

 ドイツのジャーナリスト、グイド・クノップはかって「日本は戦争に負けはしたが平和には勝ったということを誰一人知らない者はいない」と書いた。先の敗北した戦争から学び、70年続いた平和の重さと大切さを知る日本国民が多数派であることを私たちは知っている。自衛隊を「殺し・殺される」修羅場に送り出すことのないよう、連休明けの国会審議では立憲主義、平和主義の立場から徹底的な論議を挑む。「戦争をさせない」という国民世論の高まりを期待し、この声と連携した活動を五月、六月、七月、八月に徹底して行い「平和に勝った日本」を未来へ手渡したいと思う。

 

衆議院解散・総選挙にあたって(声明)

― 安倍政権の暴走を止め立憲主義を蘇えらせる ―

立憲フォーラム

 

 安倍首相は本日11月21日衆議院を解散、12月14日に総選挙の投開票が行われます。私たち立憲フォーラムは昨年4月の発足以来、「憲法とは権力を拘束するものである」という立憲主義の基本を踏みにじる安倍政権を厳しく批判し、96条先行改憲や特定秘密保護法、集団的自衛権の行使容認に反対する活動を行ってきました。今回の解散・総選挙にあたり、私たちの立場を改めて明らかにします。

 

 年末の慌しい時期の唐突な衆議院解散は、全く大義のない解散であり、私たちは厳しく批判したいと思います。身内の自民党岐阜県連から「民意軽視、国民のことを一切考えない党利党略」との批判決議があがり、世界からは「スキャンダルにまみれた政権が疑惑を隠す解散」(英ガーディアン紙)と見られています。それでも解散を強行するのは、自らの政権の延命と長期政権を狙うという自己中心の全く身勝手な理由からです。

 

 第二次安倍政権が発足してから1年11ヶ月になりますが、この政権ほど国のかたち、三権分立を崩そうとした政権はありません。先の総選挙で自民党が獲得した票数は絶対得票率16%弱に過ぎません。にもかかわらず、安倍政権は行政権を突出させ、立法府を無視した政治を続けています。「法治主義」を投げ捨てた「人治主義」とも言えるこの政権の暴走をこれ以上許すことは、日本の未来だけでなく、アジア近隣諸国や世界に大きな禍根を与えます。

 

 経済を第一にするとしながら、安倍首相の本当の目的は改憲であることは明白です。戦後、非軍事平和国家として世界に稀な平和と繁栄を下支えしたものこそ憲法でした。しかし、安倍政権は改正要件を緩和するという96条の先行改憲が難しいと判断するや、歴代政府が行使できないとしてきた集団的自衛権の行使を閣議で決定するという暴挙を行い、他人のケンカを買ってでよう、そのために血を流そうというのです。また、特定秘密保護法によって国民の知る権利を制約し、自由であるべき報道や言論活動を萎縮させようとしています。

 

 私たち立憲フォーラムは今回の総選挙で、平和で協調と共存の近隣諸国関係を実現し、戦争をさせない国に、立憲主義に立脚した国に、脱原発社会にするために全力をあげる決意を表明します。同時にアベノミクスの名の下に進行する格差拡大の解消のために中間層を厚くし、少子化や高齢化が進んでも安心できる社会の実現のための社会保障制度の充実を訴えてまいります。先の沖縄県知事選挙、那覇市長選挙で沖縄県民が示した勇気を糧にしましょう。

 

 安倍政権は10月14日、特定秘密保護法の「運用基準」と、その施行期日を12月10日とする政令を閣議決定しました。そもそも特定秘密保護法は、昨年の臨時国会において、ろくな審議も行わず、多くの反対する国民の声を完全に無視する形で強行採決された法律です。議会制民主主義を平気で踏みにじったこの行為を、私たちは決して忘れてはいけません。

 

 今回閣議決定された「運用基準」については、自治体議会が特定秘密保護法の廃止を求める意見書を続々と可決するなかで、本年7月に素案が示され、パブリックコメントが行われています。政府には2万3820件の声が寄せられ、多くの国民が「知る権利」を制限されることについて懸念する意見を表明しました。しかし、今回の「運用基準」の中身をみると、「行政機関による違法行為は特定秘密に指定してはならない」等の修正はおこなわれたものの、全体的には国民の声が反映されたとは到底言いがたい内容となっています。

 

 最大の問題点は、「特定秘密」とするべき対象について、政府が恣意的に決定する余地を多く残した点です。「運用基準」では、防衛、外交、特定有害活動、テロの防止の4分野について、55の細目が列挙されていますが、「自衛隊の情報収集・警戒監視活動」「国際社会の平和と安全の確保」などの曖昧な文言が羅列されているのみです。このままでは結局、国民は何が秘密に指定されているかすら、全く知らされないままになってしまうことは明らかです。

 

 また、運用チェックにあたる第3者機関としての「独立公文書管理監」「情報保全管理室」についても、部外者を置かないチェック機関で果たして何ができるのか疑問です。パブリックコメントで寄せられた多くの国民の懸念に真摯に対応するならば、せめて秘密を指定する行政機関から完全に独立した、公正な第3者機関を設置すべきです。

 

 このように、特定秘密保護法は運用面で全く歯止めがかけられない状態です。このままの状態で、「特定秘密」を扱う公務員や民間業者に対する適正評価が行われ、精神疾患や犯罪歴までもが調べられれば、重大な人権侵害につながる恐れがあります。さらには、恣意的に定められた「特定秘密」の漏洩によって、公務員のみならず国民すべてが懲役刑に処せられる恐れもあり、ジャーナリストも処罰対象になり得ることを考えれば言論封殺にもつながりかねません。民主主義の基本である言論の自由をおびやかすこの法律自体が、基本的人権を著しく侵害するものであり、極めて危険な法律であると言わざるを得ません。

 

 安倍政権は、この「特定秘密保護法」を端緒として、集団的自衛権行使の解釈改憲、日米ガイドラインの見直しを推し進めています。これら一連の企みはまさに戦争ができる国家体制づくりを目論むものです。私たち立憲フォーラムは、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義のことごとくを否定しようとする安倍政権と徹底して対峙し、その暴走を食い止めるべく、今後も粘り強く取り組みを進めます。

  

 本日、2014年ノーベル平和賞の発表が行われました。栄えある受賞者に心からの祝意を申し上げます。

 

 去る5月17日、私ども衆参の国会議員60名は、憲法9条がノーベル平和賞にノミネートされたことを受け、ノーベル委員会に平和賞授与の陳情を行いました。

 この度の受賞は適いませんでしたが、「オスロ国際平和研究所」の事前予想で憲法9条を保持してきた日本国民が第一位に掲げられ、それが日本国内はもとより世界的にも大きな話題となり、世界の平和創造における憲法9条の価値がよりいっそう広く認識されるなど、恒久平和主義を謳った憲法9条を守り、その理念を具現化していく取り組みには非常に大きな力になったものと理解しています。

 

 むしろ、憲法9条のもとの我が国の民主主義が真にノーベル平和賞を授与するだけの価値があるかどうかは、向こう一年が本当の勝負であると考えております。

 

 本年の7月1日、安倍内閣は、国会で一度もその内容について審議を受けることなく、憲法9条の解釈変更を強行し、憲法改正以外に手段のないとされてきた集団的自衛権の行使を容認しました。既に解釈変更の必要不可欠性の根拠であるいわゆる「立法事実」を内閣法制局が確認していないことが国会審議で明らかになるなど、これは、立憲主義や法の支配を否定し、国民主権のもとの議会制民主主義を否定する暴挙です。

 

 しかし、戦争を放棄するとともに、日本国民のみならず「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利(平和的生存権)」を保持すること等を謳った憲法前文のもとにある憲法9条において、他国防衛のための先制攻撃たる集団的自衛権行使を容認する余地はなく、7.1閣議決定は憲法9条に違反するものとして無効であり、今日この瞬間も憲法9条は日本国民及び全世界の国民に対し、何ら変わらぬかけがえのない恒久平和主義の法規範として存在しています。

 

 私たちは、本年8月9日の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典での被爆者代表の「今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじる暴挙です。被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないでください。」との安倍総理に向けた厳しい批判を始めとする恒久平和を求める日本国民のみならず、世界の各地域で戦争の惨禍に直面しそれに怯える国民のためにも、7.1閣議決定を破棄するべく、力の限り闘って参ります。

 また同時に、私たちの中では、日本国憲法の恒久平和主義を守るとともにその理念を具現化し、世界の平和創造のために我が国がより主体的に貢献していくための「平和創造基本法案」、「平和創造会議設置法案」などの構想に着手している者もおり、今後、党派を超えた世界平和創造への取組の推進が期待されています。

 

 世界に冠たる平和憲法を守りそれをいっそう活かしていく取り組みのため、今後も市民の皆様と共にたゆまぬ努力を重ねることをお誓い申し上げます。

 

 共に世界の平和を祈りつつ。

 今日、69回目となる終戦記念日を迎えました。私たちは1931年の満州事変以降の中国への侵略と、1941年の日米開戦によってアジア太平洋へと拡大した戦争による内外のすべての犠牲者に心からの哀悼を捧げます。ちょうど100年前の1914年8月、第一次世界大戦が勃発しました。この教訓から、戦争を起こさせない国際的枠組みや国際協調の重要さを世界は認識し、1928年パリ不戦条約へと結実したにもかかわらず、再び第二次世界大戦が引き起こされました。

 

 日本国憲法は、こうした世界史の大きな流れから生まれた、最も新しい内容、戦争放棄を謳いました。日本国憲法が発布された1946(昭和21)年11月3日、昭和天皇は宮城前広場での祝賀会で「日本国民は、みずから進んで戦争を放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基づいて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたのである」と述べたことでも明らかです。

 

 こうして世界や日本が戦争を経て手に入れたかけがえのない不戦の誓いを、あらゆる手法で打ち壊そうとしているのが、残念なことに安倍政権です。それは昨年の8月15日からこの一年間に安倍政権が行ってきた靖国参拝、特定秘密保護法の強行採決、武器輸出三原則の放棄、集団的自衛権、武力行使の新三要件の閣議決定等をみれば歴然としています。

 歴代の日本政府が積み重ねてきた「集団的自衛権は違憲」という判断も、国民の意見や判断を聞くこともなく、国会での審議はほとんど行うことなく閣議決定で覆してしまったのです。これが民主主義に基づいた国政であるはずがありません。しかも安部政権は、長期政権を目論み、地方議会での「改憲」決議を主導するなど、戦後レジームの解体へ明文改憲を政治日程にすえています。

 

 しかし、先の滋賀県知事選挙が示したように、暴走する安倍政権への懸念は国民の中で高まっており、8月9日の長崎で、被爆者代表は「集団的行使容認は暴挙」と述べました。私たちはこうした国民の声を受けとめ、安倍政権の暴走にNOを示す最大の機会である今秋の福島、沖縄県知事選挙で民意を示し、また、そうした意見としっかりと結びついた論議を国会で展開し、政治の流れを変える決意を明らかにします。安倍首相は「積極的平和主義」といいながら、それとは全く異なる軍事的関与を目論んでいますが、私たちは「国際的な協調と共存を図るための平和創造基本法」(仮称)を提出し、「戦争を起こさせない」ために日本が真に積極的な役割を担うために行動します。

 来年は戦後70年という節目の年。近隣アジア諸国との関係を改善し、戦後日本社会の礎となった現憲法を活かした中で節目の年を一緒に迎えたいものです。

 

 

 本日、安倍内閣は集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行いました。「海外で戦闘に参加する」というこの決定は、「自国の防衛以外の武力行使はできない」という最も基礎となるが我が国の考えを根底からくつがえすもので、私たち超党派の衆参国会議員でつくる立憲フォーラムはこの歴史的な暴挙とも言える決定に強く抗議します。またこれは、憲法は権力を拘束するという立憲主義を否定するものであり、立法府にあるものとして断じて容認することはできません。

 

 今回の閣議決定は、戦後一貫して堅持してきた「専守防衛」の基本政策を、国民の声をきくこともなく、現場の自衛隊員の現状を思いやらず、国会で論議もせず、密室での与党協議で変更を強行しました。これまでの非軍事に徹した国際協力のあり方を変えるもので、近隣諸国の警戒感、アジアにおける緊張を高めるでしょう。さらに、安倍政権の言う集団的自衛権の「限定」は、時の内閣によっていくらでも変えられるため「歯止め」にはなりません。しかも、「邦人輸送中の米艦の防護」など武力行使の具体的事例は、国会審議の中でその根拠がないことなどが明らかになり、事例は「机上の空論」でしかないことは明白です。そもそも、日米安保条約は第3条では、我が国は米国のために集団的自衛権を行使しないことを「各国の憲法上の規定に従うこと」と明記しており、日本の軍事力行使は憲法の制約及び条約の明文規定に反するものです。

 

 私たちの憲法は、先の大戦における310万人の日本人、2000万人を越えるアジア地域での尊い命の犠牲の上につくられました。戦争への反省にたって「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」という前文と、「戦争の放棄」を謳ったのが第9条です。その具体的な反映が、「集団的自衛権は持つが行使はしない」という政府の判断であり、その結果、朝鮮戦争やベトナム戦争に加わることなく、私たちは戦場において、他国の人を殺傷せず、一人の犠牲者も生まず、作らないという誇るべき歴史を歩んできたのです。

 

 時の政権が歴代内閣によって確立された憲法解釈を変更することは、政府を憲法による制約の下に置くとする立憲主義に違反し、法の安定という点からも許されません。私たちは、こうした憲法及び法令に違反する閣議決定は無効の行政行為であり、憲法9条の法規範性は不変のものであることを国民に宣言します。私たち立憲フォーラムはこのような政府・与党の暴走を許さないために、国会での論議を積極的に担うとともに、今回の暴挙に反対して立ち上がる広範な人びとと手を携え、「他国とともに戦争をする集団的自衛権行使容認を許さない」、「軍事力を行使する国にさせない」、「民主主義、立憲主義を破壊する安部内閣の暴走ストップ」の声を地域から上げていきます。

 

 

 

    私ども、下記したる日本国国会議員は、本日貴国憲法制定200年の記念日に、謹んでお祝いを申し上げます。

    我が国は、戦争の放棄と戦力の不保持を定めた憲法第九条のもと、68年間にわたり平和国家としての道を歩んできました。この度、我が日本国民の平和憲法が、2014年度の栄えあるノーベル平和賞に nomination(推薦受理)されたと伺い、誠に光栄に存じます。

    全ての推薦者の方々からの本推薦に係る政治的中立を表明しつつ、是非の授与をお願い申し上げます。

 

共に世界の平和を願いつつ  

賛同者 (ABC順):

衆議院議員

阿部 知子/赤松 広隆/赤嶺 政賢/荒井 聰/菅 直人/金子 恭之/岸本 周平/近藤 昭一/郡 和子/百瀬 智之/中川 正春/志位 和夫/椎木 保/階 猛/篠原 孝/鈴木 克昌/鈴木 貴子/玉木 雄一郎/照屋 寛徳/辻元 清美/生方 幸夫/横路 孝弘/吉川 元

 

参議院議員

相原 久美子/有田 芳生/江田 五月/江崎 孝/藤本 祐司/藤末 健三/藤田 幸久/福島 みずほ/白 眞勲/井上 哲士/石橋 通宏/糸数 慶子/紙 智子/神本 美恵子/川田 龍平/風間 直樹/吉良 よし子/小池 晃/小西 洋之/増子 輝彦/又市 征治/水岡 俊一/森本 真治/難波 奨二/那谷屋 正義/小川 敏夫/大野 元裕/大島 九州男/斎藤 嘉隆/主濱 了/田城 郁/辰已 孝太郎/寺田 典城/徳永 エリ/山下 芳生/吉田 忠智

 

  1.    私たちは立憲主義の原則にのっとって政治を行うことこそが肝要であるとの立場から「立憲フォーラム」を名称としている超党派の議連です。私たちは「立憲主義による政治、憲法を生かした政治」こそが国を守ることだと考えています。しかし、本日提出された安保法制懇の報告書、及び、安倍首相の「方向性」は、憲法は為政者を制約するものという、立憲主義の根本を踏みにじり、憲法の制約をかなぐり捨てようとするものです。断じて認めることはできません。
     

  2.    安保法制懇の北岡伸一座長代理は新聞や雑誌で「憲法は最高規範ではなく、重要なのは具体的な行政法」と述べていましたが、今回の報告書を貫くのはこの転倒した論理です。昨年夏、麻生副総理は「ある日気づいたらワイマール憲法がナチス憲法に変わっていた。あの手口を学んだらどうかね」と発言しました。ナチス憲法は作られませんでしたが、当時世界で最も先進的であったとされたワイマール憲法を変えることなくナチス党の一党独裁を可能にしたのが、全権委任法などでした。解釈による改憲は、こうした手法に通じるものがあると考えます。
       私たちはこうした歴史に学び、憲法は最高規範であるという自明のところへ、この国のありようを押しもどさなければなりません。
     

  3.    報告書は集団的自衛権行使こそが「国民の安全を守るものだ」と主張していますが、これは全くの誤りです。集団的自衛権とは、国際社会の積極的な価値などではなく、「仮想敵」を持つ軍事同盟という過去の遺物であり、国連の集団安全保障の理念と対立するものです。
       日本は専守防衛に徹し、海外での武力行使は禁じられていることを謳い、国際公約としてきました。それ故「自衛隊」なのです。集団的自衛権とは他国のために血を流す「他衛」を行うということです。戦後一貫して守ってきた非軍事という日本の国のかたちを、閣議決定だけで簡単にかえてしまうことなどとうてい許すことができません。
     

  4.    このような強権的な安倍内閣に対し、私たちは国会質疑でその問題点を浮き彫りにするとともに、国民各層から広範に湧き上がる「集団的自衛権容認反対、戦争をする国にさせない」という声と連携し、未来に禍根を残さないために全力をあげます。

 

 私たちは昨年4月25日、自民党の憲法改正案や日本維新の会の綱領などに対し「これらの動きは、憲法改正の是非の立場をこえて、立憲主義そのもの危機である」という認識に立ち、立憲主義の立場をいま一度確認すべきだ、と超党派の議連「立憲フォーラム」を結成しました。それから一年、憲法は政治を縛る規範ではなくなってしまい、行政が立法の上にたつ事態もあり得るほど、私たちをとりまく憲法状況は厳しさを増しています。

 

 昨年前半に安倍政権が行おうとした憲法の発議要件を引き下げるという「96条の先行改憲」は、広範な人びとの反対の声にあって一時とりさげましたが、昨年末には特定秘密保護法を強行成立させました。

 そしていま、集団的自衛権の行使の是認に向け、戦後積み重ねてきた内閣による憲法解釈を変更しようとしています。集団的自衛権の行使は日本の防衛とは関係なく、自衛隊が海外で武力行使することです。これまでの「自衛」から「他衛」へと根本的な変更を行い、憲法九条を実質的に無意味化するものです。

 また、昨年末に安倍首相が行った靖国参拝がアジアばかりかアメリカやEU、ロシアなどから批判を受け、その歴史認識が全世界から問われています。

 

 5月中旬にも安倍首相の私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)は、集団的自衛権行使容認の報告書を提出すると報じられています。安保法制懇の北岡伸一座長代理は「憲法は最高規範ではなく、上に道徳律や自然法がある。憲法だけでは何もできず、重要なのは具体的な行政法。(憲法などを)重視しすぎてやるべきことが達成できなくては困る」(『東京』4月21日)と述べています。

 憲法は最高規範ではない、と公然と語る人物が集団的自衛権行使を推進していることに、私たちは大きな怒りを抱き、この動きと対決します。

 

 とはいえ、各種世論調査が示すように憲法に反対する声は一段と強まっています。憲法改正の旗振り役『産経』の3月末調査では憲法改正に反対が47%と賛成38%(昨年4月61%)を大きく上回り、集団的自衛権に反対する声も各紙で賛成を上回っています。問題は、国民の平和と民主主義への理解・愛着の強さと国会における議員数が対応していないことです。

 私たちは非軍事の憲法が施行されて67年目となる今日、こうした多くの民意を力に、安倍政権の狙う憲法と民主政治の根本原理の改変を許さない声を立法府の中でより高め、安倍政権の暴走を阻止する決意を明らかにします。

 オバマ大統領が4月23日から25日までの日程で国賓として来日した。公式、非公式を含めた首脳会談、共同記者会見及び共同声明の発出は、長い歴史を有する日米関係の中に新しい一頁を加えたもので、良かったと言える。

 安倍首相自身はオバマ大統領の発言や共同声明などに関して、「画期的なものになった」と評価したとメディアは伝えている。しかし、共同声明や記者会見などのオバマ大統領の発言を見ると、大統領訪日前の4月初めに立憲フォーラム訪米団が会談したアメリカの政府関係者、議員、有識者等の発言と類似しているものや、訪米団が米国側に伝えた意見に近いものも見受けられる。訪米団の活動が反映されたものであれば一定の成果であったと考える。

 その点を考慮しつつ、今回のオバマ大統領来日における発言や共同声明を分析し、以下の通り立憲フォーラムとしての評価をまとめた。

 

 今回のオバマ大統領訪日で、日本政府関係者は「満額回答」などと成果を強調しているが、大統領訪日前に訪米団を派遣した我々の評価は異なっている。

 まず、共同声明の「米国は,集団的自衛権の行使に関する事項について日本が検討を行っていることを歓迎し、支持する」との文言を、政府やマスコミは大きく取り上げている。

 しかし大統領訪日前に、訪米団がワシントンで面会した米政府高官に「国会での議論もないままに解釈を変更することは、立憲主義に反する。不戦の誓いから出発した戦後日本の歩みを踏まえ、世界と価値を共有し、平和と民主主義、法の支配を大切にし、近隣諸国との協調や友好をめざしたいと思う多くの国民がいる」と基本的な考え方を伝えたことに対し、高官は「集団的自衛権行使については、それは日本側の問題で、米側が憲法解釈変更を求めているのではない」と述べていた。日本国内での憲法論争は、あくまでも日本の内政問題であり、日本の国民と政治が判断するべきものだ、と解釈できる。

 また、共同声明の文言は、4月6日にヘーゲル国防長官が小野寺防衛大臣との共同記者会見で「アメリカは集団的自衛権に関する憲法解釈の再検討を含めて、より積極的な役割を果たそうとする日本の取り組みを歓迎する」と述べたことと比較しても、解釈変更の是認からは後退したと理解できる。

 これらを併せて考えると、安倍首相が共同声明の中に「集団的自衛権」に関する文言を入れることに大いに拘ったと言われている中で、この程度の表現となったことには、アメリカが手放しで歓迎していないことが明らかである。面会した政府高官や米国議会議員は、「日本は、同盟国としての役割を果たして欲しい。しかし、周辺国との信頼関係醸成も重要である。村山談話、河野談話も継承を期待する。これは米国だけでなく韓国、中国とも同じ認識であり、日本が積極的な役割を担い、両国との関係が好転することを期待したい。他方、中国に対しても、フランス、ポーランドのドイツに対する対応を学んで欲しい」「日本が戦後のドイツのように、韓国が戦後のフランスように対応し、互いにうまくやっていけるような関係を望みたい」などと述べ、東アジアの安定と相互の信頼関係の醸成が重要であるとの認識はいずれも同じであった。

 記者会見でオバマ大統領が「私が強調したのは、この問題を平和的に解決することの重要性だ。言葉による挑発を避け、どのように日本と中国がお互いに協力していくことができるかを決めるべきだ」「日本と中国は、信頼醸成措置をとるべきだ」「尖閣問題で事態がエスカレートし続けるのは重大な誤りだ」と述べたのは、オバマ大統領による安倍首相に対するけん制であり、強い本音の表れである。政府の通訳が「重大な誤り」のところを、「正しくない」と意訳して、日本のメディアが「オバマ大統領が中国をけん制」と取り違えたことは、悪質な情報操作だと言われかねない。

 「東アジアの安定と、そのための信頼関係の醸成」こそが国際社会が望んでいることであることは明白である。靖国神社への参拝や真榊奉納などにより、いたずらに中国、韓国などを刺激することでなく、胸襟を開いて相互理解と信頼関係の再構築に努めることこそ、現政権に求められている。この点に関して我々は、安倍首相がオバマ大統領から、尖閣問題や集団的自衛権への言及を受け入れる代わりに、近隣諸国との関係改善という課題での具体的前進を強く求められたというのが、正しい分析と理解だと確信する。

 米国の有識者から「訪日時にオバマ大統領が(安倍首相に)靖国訪問などの歴史問題に関する懸念を直接伝えるべきか」との質問があったが、江田五月議員は、「大統領が首相に対して直接、歴史認識を批判すると、日本国民のナショナリズムを煽る危険性があり、勧めない。むしろ、近隣諸国との信頼を築くような行動を期待する、といった発言が適当ではないか」と答えた。今回、オバマ大統領から安倍首相に対して靖国訪問や歴史認識問題への直接の言及はなかったことには訪米団の助言が生きているとも評価できる。

 TPP交渉の日米協議は、大筋合意こそ見送られたものの、共同声明の中では「重要な課題について前進する道筋を特定した」と明記されており、今後の協議での妥結を目指すと考えられる。これは、最終盤で米国側の強硬な主張により入れられたものである言われている。

 そもそもTPP交渉について、訪米団が面会した米国下院議員は「TPPはTPA(貿易促進権限)が議会を通らなければ実現できず、大統領自身が介入しなければ進まないが、今年大統領自身が動くことは難しいと思う」と述べていた。この点に関しては、麻生財務大臣のいささか礼儀をわきまえない発言が物議をかもしたが、「オバマ大統領に米国内をまとめ切る力はない。仮に閣僚レベルでまとまっても、それが議会を通る保証はない」と記者会見で発言したことと認識においては符合している。

 両国首脳は「重要課題で進展した」としているが、米国は上下両院議会という高い壁を超えなければならず、両国の思惑の違いも解決されていない。したがって、両国首脳の前向きな評価とは違い、これでTPP交渉の妥結が容易になったとは即断することはできまい。

 集団的自衛権が行使できるよう従来の憲法解釈変更をめざす安倍首相は、4月にも首相の私的諮問機関である「安保法制懇」の結論を得、与党協議を経て、安倍内閣で閣議決定する、という考えを明らかにしています。

 周辺情勢が緊迫を高め、また国際情勢も大きく変容しようとしている中、それは決して我が国が進む真の平和構築への道とは言えません。

 戦前の軍部独裁の下に日本は15年戦争とも称される対アジア・太平洋戦争を行い、国内外に甚大で悲惨な被害を与えます。その反省にたって日本国憲法は前文と9条に「戦争放棄」を謳います。戦後日本外交の根本規範とも言える「戦争放棄」、そのための軍事力の不保持は世界に向けた約束です。だが戦後始まった冷戦を背景とした米国の強い要求は、戦力を放棄した我が国に、警察予備隊の創設、保安隊への移行、そして自衛隊の保持といった道を歩ませることになります。帝国憲法改正案の議論において政府は、自衛権も放棄する覚悟でした。 その政府が憲法9条を守りながら明らかに戦力である自衛隊を保持する決意をするには、大変な議論と決断があったことは言を待ちません。

 以来憲法9条の原則を踏まえた以下の憲法解釈のもとでの対応の結果、戦後69年、私たちは一度の攻撃を受けることなく、一人の自衛官の死者も出さずにきたのです。これは日本の世界に誇るべき歴史です。

(1) 「9条2項が保持を禁じている戦力は、自衛のための必要最小限度を 超えるもの」であり、自衛隊は、我が国を防衛するための必要最小限度 の実力組織であり、従って、憲法に違反しない。

(2) 自衛のための措置は、外国の武力攻撃よって国民の生命、自由及び幸 福追求の権限が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国 民のこれらの権利を守るための止むを得ない措置として初めて容認され るもの。

(3) その上で、憲法9条のもとにおいて許容されている自衛権の発動につ いては、自衛権発動の3要件(①我が国に対する急迫不正の侵害がある こと、②この場合に他に適当な手段がないこと、③必要最小限度の実力 行使にとどまるべきこと)に該当する場合に限られる。

 

 上記の考えに立ち、歴代の内閣は、外部からの武力攻撃に対する「必要最小限度の範囲」での実力行使、個別的自衛権は合憲だが、日本に対する武力攻撃が発生していないにもかかわらず実力を行使する権利、つまり集団的自衛権の行使は憲法違反である、との判断を国会答弁で一貫して行ってきました。

 しかし、安倍首相は内閣法制局長官を強引に交代させ、「集団的自衛権の行使は違憲であり、これを変更するには憲法改正が必要」とする歴代内閣の判断を覆し、閣議決定によって集団的自衛権行使容認への解釈変更を行おうとしているのです。

 私たちは、これは戦後の日本が培い育ててきた民主主義、平和主義を根底から覆す、無謀極まりない行動と断じます。

 私たち立憲フォーラムは次の理由から、安倍首相の進めようとする憲法解釈の変更に強く反対するものです。

 

1.これまでの「平和主義のもとの専守防衛の国」から「容易に戦争ができる 国」へとわが国のあり方を根本から変更してしまう。

 

2.最高規範たる憲法、中でも9条を空洞化・空文化してしまう。

 

3.憲法解釈を時の権力者が恣意的に行うことができるとする安倍首相の憲法 観は「権力者を縛るものである」という立憲主義を否定している。

 

4.このような重大なテーマを自らの私的諮問機関から都合の良い報告書を提 出させ、行政府である閣議で決定するのは、主権者たる国民や立法府を置き 去りにしており、国民主権及び議会制民主主義の否定である。

 

5.クーデター的ともいえる手法での戦後日本の国際的な約束を破る政策変更 は、周辺国をはじめ世界の我が国に対する信頼を損ない、その負の波及は計 り知れない。集団的自衛権の行使の是非は徹底的な論議を立法府で行い、主 権者たる国民に問うべきものである。

以上

    

Please reload